【メンバー】MaE、WaT、HaY、S井、T島、私
【行動計画】
6月6日 明星山P6南壁 直上ルート(MaE+ WaT)、左フェースルート(HaY + S井)
左岩稜ルート(T島 + 私)
6月7日 下山
※【放浪の記 その4「それでも明星山は遠かった」by T村記】は、山歩会OB同人誌「Ramble」No.1(創刊号)、1981年9月6日発行、pp14-15より、無断転載。(ゴメンナサイ m(*- -)m)
昭和56年(1981年) 6月6日(土)天気:晴れ #天気図
【放浪の記 その4「それでも明星山は遠かった」】
行く前の明星の評判。アプローチが楽や。1時間足らずチンタラ林道を歩けば終わりや。壁がムッチャ大きい。おまけにハードなフリーがなんぼでもできる。御存知、わが地獄組が登ったフリースピリッツルートはここにあるんや。etc.
行く前の明星の悪評。増水しとったら川、渡られへん。雨が降ったらツルツルや。岩が石灰岩やさかい、溶けるんや。ボルト、ハーケンのまわり、みんな溶けて穴あいとる。etc.
さてさて、どんな山かと行ってみれば、なかなかどうして、りっぱな山や。りっぱな白い岩壁の上にどっしりと腰をおろしてるやないか。秋なんぞは、さぞかし紅葉がきれいやろ。岩壁アプローチにして、山頂まで行ったら最高やろなあ。山の下の方で、デカイ壁やと感激して、フリークライムをエンジョイしようとしている、ファイトあふれる若者には、カスやと思われるおジンの感傷。
南壁の対岸に来てみれば、なるほど、視界は壁だらけ。小滝川の川底なんぞ、かすんどった。しかし、想えば想うほど、見えない頂上への道はうんざりするほど長くて、遠い。
いよいよ登攀開始。いまさら、壁の迫力にビビる年でもなし、ただ怖いのは、己の怠慢と技術不足への非難だけ。1ピッチ目はウワサに聞いた小滝川の水泳。奥鐘の激流に比べれば、快適な水泳場に見えるから不思議なもんじゃ。数秒、春の雨にうたれたと思えば、苦にもならず。のこのこ帰る者の気が知れず。2ピッチ目~5ピッチ目。いつもの通りの岩登り。ヤバイと思えば、迷わずピンをつかむのもいままで通り。若干、ヤバイと思う数が減ったのは、フリークライムスピリットの恩恵か。ありがたや。ありがたや。なるほど、失神テラスとはよく言ったもの。足元に見える小滝川の低い事、低い事。6~7ピッチは、楽な岩稜。景色は良いし、これがMYOJI Ⅰ峰に続いていると思うと心は躍る。中央バンドで休んでいて驚いた。下のブッシュが動いとる。人間や。頭にぎょうさん木の枝つけて、自衛隊の演習かいな。それともクライマー狩りにでも来たのかいな。それにしても危ないなあ。下は壁でっせ。落ちたら死にまっせ。ザイルもつけずにああ怖わ。結局、植木取りのおっさんとわかって、ひと安心。ご苦労様。なに?頂上まで行ったかて?そんなもん、当然下山。ええ天気やし、小滝までひとっ走り。酒じゃ、酒じゃ。ここまでで、明星山偵察隊の任務は完了じゃ。(字余り)



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