1976年6月:屏風岩

岩歩
19760606(1)_東稜の登攀

【メンバー】私(CL)、S村

※【梅雨期の屏風岩 S村記】は、会誌「山歩」No.14、Vol.Ⅰ、1976年発行、pp12-14より、無断転載。(ゴメンナサイ m(*- -*)m)

昭和51年(1976年) 6月5日(土)天気:雨

#天気図

【梅雨期の屏風岩(6月5日)】
早朝、いつものように ”ちくま2号” にて松本に着く。朝食をとらずにタクシーに乗って上高地へ。今年の3月に一日がかりで歩いた道をタクシーは20分たらずで行ってしまう。上高地は霧と雨の中に沈んでいた。ウェストン祭を見に来たのだろうか、女の子がたくさんいる。ジーンズの子、スカートの子、色取り取りである。恨めしそうに見ながら歩きつづける。出るのはため息ばかり。横尾につく少し前に、Black, S井両君に出会う。雲一つない空の下、彼らは東稜を登攀したそうな。今日は “ホウショウ” を登る予定だったが、雨のため中止して帰京するとの事。彼らがこんな雨の中を登る気がしないのも当然だ。それにひきかえ、ぼくらは今から登ろうとしているのである。自分自身、気狂いじみているように感じる。
昼前に横尾岩小屋に着き、ツエルトを張る。紅茶をわかし、パンを食べてすぐさま昼寝。Terrace 4の偵察は雨のため中止と決める。日が暮れても雨は強くなるばかり。明日、雨がやんでいることを祈ってシュラフにもぐりこむ。

 

昭和51年(1976年) 6月6日(日)天気:雨

#天気図

【梅雨期の屏風岩(6月6日)】
AM 3:40 起床。雨はまだ降っている。外は暗いので、雲のようすはわからない。何はともあれ、朝食のラーメンを食べる。明るくなってきたので外を見たが、屏風岩は全く見えない。ぼくらに今できることは、ただ待つだけだ。この雨の中を登るだけの実力はない。”このまま登れずに帰らなければならなくなったら今までのトレーニングは何のためにしたのか” とか “6月の屏風登攀のために、新人たちとは一度も tour に行かなかった自分は、何て自分勝手な奴なんだ” とか、色々考える。そんな考えに対して、”いや、結果がどうであろうと、それまでの過程が大切であって、今回、屏風が登れなくたっていいじゃないか!” と自分を慰めるだけだ。半ば諦めて外を見ると、雨がやみかけている。空はまだ雲でおおわれているが、出発する。(AM 9:00)横尾谷は増水のため、腰までの徒渉となる。水の中に足を10秒もつけていると、感覚がなくなるくらい水は冷たい。でも我々の心は燃えに燃えている。T4に着くころにまた雨が降り出した。あっという間に霧に包まれてしまう。30m先のものも見えない。しかし、登攀を中止する気は全くない。カッパを着て、午前10時45分、東稜を登り出す。2ピッチ目、T村君が Top でザイルをのばして行く。20mものびてしまうと彼の姿はもう見えない。霧につつまれて一人ぽつんと垂直の壁にしがみついている自分。山屋はさびしがりやで、友達を求めているのに(ぼくはこう思いますがいかがなものでしょうか)何故こんなことをするんだろうか?そんな時、ザイルが少しずつ伸びていく。冬山で暖かい紅茶がのどを通って行くような、涙が出るような瞬間である。”おれは生きているんだなあ” と感じる。4P目ごろから空が晴れだす。PM 4:00 終了点に着く。当初の計画では同ルートをアプザイレンで下降する予定だったが、二人とも疲れていたので、涸沢経由で岩小屋へ帰る。(PM 7:40)

19760606(1)_東稜の登攀

19760606(2)_東稜終了点にて

 

 

 

 

 

 

 

昭和51年(1976年) 6月7日(月)天気:晴れ

#天気図

【梅雨期の屏風岩(6月7日)】
今日は「緑ルート」を登攀しようと岩小屋を出る。雲一つない晴天である。T4までは昨日と同じルートを登る。雨天の日の行動とちがって、疲れは全く感じない。昨日はあまりわからなかった青白ハングが我々の真上に覆い被さっている。さすが日本有数の人工登攀ルートである。これを登るのかと思うとやはりビビル。せやけど、大阪人のど根性や!登ったるで~。ところがこの時、土佐男児が意外なことを言ったのです。「S村、やめようや。登る気がせえへん。」小生はなんと答えてよいか全くわからない。ここでT村君を強引に説得して、登攀することに決めたとしたら、小生がほとんどTopで登らなければならないだろうし、精神的な圧迫も、以前の数倍、否、それ以上強くなるだろう。でも小生にはほとんど全部Topで登る自身もないし、そんな精神的な圧迫に耐えられるだけのものもない。実力のなさ、勇気のなさをつくづく感じながら、「Tヤンがそう思うならやめようや。二人とも登る気にならへんかったら危ないからなあ。」と言って、岩小屋に帰る準備をする。岩小屋に着く直前の横尾谷徒渉が何と冷たかったことか!昨日とはえらい違いである。昼過ぎに岩小屋を出発して、上高地へ向かう。「実力をつけ、勇気あるクライマーとなって、また屏風に来よう。」と決心しながら・・・・・。

19760607_屏風岩

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