【member】K田(京大探検部)、O田(京大学士山岳会)、私(京大山歩会)
【装備】登攀用具:ザイル11mm×40m2本、ハーケン rock4本、ice4本、シュリンゲ8本、捨縄15m、各自、アイスハンマーorバイル、カラビナ2、アブミ1、ヘルメット、ゼルプスト
生活道具:ツエルト、ガソリンコンロ1台、ガソリン2リットル、コッヘル1セット、テルモス1、雪スコ1本、雪ノコ1本、メタ、ローソク、ラジオ、天気図、その他、一般冬山装備
【食料】2食×6日×3人分+予備食2食×3日×3人分+各自行動食9日分+非常食
【行動計画】4/3 夜行 京都発、4/4 松本~信濃大町~白馬駅~八方駅~八方池山荘~唐松山荘 or八方尾根上部雪洞設営(泊)、4/5-4/6 不帰岳Ⅰ峰尾根アタック、※不帰東面Ⅰ峰尾根取付きへは八方尾根2361mより、唐松沢へのびる尾根を利用。不帰沢へ入り、P2、P3のコルへルンゼ状を登る。ここより断壁までは雪のナイフリッジ。断壁は高度差80~100m。1ピッチ目は岩で途中ハングを左へ巻く。あとは悪い雪壁が続く。ここよりⅠ峰直下まで問題はない。Ⅰ峰直下の30mの壁はブッシュもあり容易。 4/7 唐松小屋 or 八方尾根上部雪洞~西遠見付近雪洞設営(泊)、4/8 五竜岳G2中央稜アタック、※西遠見よりシラタケ沢へ下降。末端壁は避け、右手のAルンゼを登る。5ピッチのミックスの登攀。ここより主稜線まで単調な雪稜。 4/9 遠見尾根下山、4/10-12 予備日
※【放浪の記 その1「不帰岳一峰尾根敗退」by T村記】は、山歩会OB同人誌「Ramble」No.1(創刊号)、1981年9月6日発行、pp11-12より、無断転載。(ゴメンナサイ m(*- -)m)
【放浪の記 その1「不帰岳一峰尾根敗退」】
当初の計画は、すごいものだった。不帰一峰尾根から五竜岳東面G2を継続し、更に、遠見尾根をスキー滑降するというのであった。
我々3人は、自称「砂防山岳会」を名乗り、林学砂防研に巣くっているメンバーである。より雄大な自然、充実したスケールの大きな山行を目指して、教官の目を恐れながら活動している。小生を除く二人は山スキーのベテラン??で、スキーの楽しさを知らなかった小生は、非常に片身の狭い思いをしていた。それならばという事で、今年の冬、遂にスキーを買い、一冬の間、北山の山中で特訓を重ねてきた小生であった。その成果を北アの本番で確かめようとしたのがこの計画である。登攀とスキーをジョイントした機動性に富む山行は、一つの憧れである。結果的には失敗してしまったが、これからの積雪期の山行に光明を見出す忘れがたい山行となった。
昭和56年(1981年) 4月4日(土)天気:
【コース】3日 夜行 京都発~松本~信濃大町~白馬~八方駅~八方池山荘~八方尾根2361m付近雪洞設営(泊)
【放浪の記 その1「不帰岳一峰尾根敗退」】
4月4日 八方尾根スキー場のリフトを乗り継ぎ、楽々と2361mの雪洞予定地点に到着する。この時点では、未だ数名の若き魂が眠っていた八方尾根は、ポピュラーな尾根ではあるけれども、風雪時のルートファインディングの難しさが、容易に推察される尾根であった。
昭和56年(1981年) 4月5日(日)天気:
【コース】 唐松沢へ下降~P2・P3のコル~撤退~八方尾根雪洞(泊)
【放浪の記 その1「不帰岳一峰尾根敗退」】
5日 天候の悪化が予想される早朝、ワンビバークの装備を持ち、一峰尾根の取付きに落ちているルンゼを唐松沢に駆け降りる。いたる所にデブリがあり緊張する。今年は雪が多く、不帰東面には巨大なキノコ雪が発達していた。雪のついている壁には、無数のクレバスが認められる。一峰尾根に取り付くには、通常P3と断壁のコルに北側から登られている。怠慢な我々は、一峰尾根を回り込むアルバイトを考えただけでうんざりし、天候悪化ということもあって、直接、断壁の上部に南側から突き上げる雪壁にルートをとった。40~50°の急な雪壁をスタカットで登り始める。技術的にはさほど困難はなかったが、上部に行くにつれて、無気味なクレバスが頻繁に現れるようになり、時間を食ってしまった。さらに、すんなり断壁に突き上げているように見えた尾根は、複雑な地形をしており、キノコ雪や岩壁が待ち受けていた。空は今にも泣き出しそうで、今夜のビバーク地も、悲惨な場所をとらざるを得ないという事で、撤退を決意した。雪崩の危険があるため、朝下ったルンゼの左側の尾根に取りついた時に雨になる。視界は10mぐらい、全身ビショ濡れになり、八方尾根に帰った時には、もううす暗くなっていた。それからが大変だった。雪洞が見つからないのだ。ガスと暗さの為に距離感覚が狂っており、広い雪面を1時間近くさまよった。雪洞は数10m以内にある事はわかっているのだが、みつからない。半ばビバークを覚悟した直後、一瞬ガスが晴れて事無きを得た。その夜、消耗しきっている所に、コンロが不調になった。これ幸いと満場一致で五竜東面を放棄し、明日下山となってしまった。
昭和56年(1981年) 4月6日(月)天気:
【コース】八方尾根下山
【放浪の記 その1「不帰岳一峰尾根敗退」】
6日 昨日のしんどさはすっかり忘れ、心躍りながら下山を開始する。まだクラストしている上部は危険であるので歩いて下り、ケルンの上からスキーをはく。五竜、鹿島槍をバックに華麗に滑り降りるという訳にはいかなかったが、重荷にもなんとか耐え、スキー場までたどり着けた。空身になり、スキー場でしばらく遊んでいると、計画の失敗などという事は忘れ去り、楽しい、楽しいスキーの充実感に満足するのであった。
























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