1980年12月:八ヶ岳南部・阿弥陀岳南陵・北西稜

【member】私(CL)、K田(SL)、N西S、S井B

【装備】冬用テント、雪スコ1本、ザイル9mm×40m2本、アイスハンマー2本、アイスハーケン2、ロックハーケン各種数枚、コンロ2台(ガソリン1台、ガス1台)、ガソリン1.2リットル、ガスカートリッジ2個、タワシ1個、カメラ、ラジオ、天気図、各自ピッケル、アイゼン、ワカン、ゼルプスト、シュリンゲ5本、カラビナ3枚、手袋予備2、ソックス予備1、その他、一般冬山装備

【食料】3食×4日×4人分+各自非常食1日分

【行動計画】12/26 夜行 京都発、12/27 茅野~(バス)~八ヶ岳農場~立場川本谷伐採小屋(旭小屋)~立場山~青ナギ~2560m付近(テント泊)、12/28 南稜核心部~阿弥陀岳~阿弥陀のコル~赤岳~赤岳石室~行者小屋(テント泊)、12/29 阿弥陀岳北西稜~阿弥陀のコル~行者小屋~下山、12/30 予備日 ※28日は赤岳石室に12時までに到着し、天候が安定していれば、横岳~硫黄岳~赤岳鉱泉経由で行者小屋に入る

 

※【冬山における急性思考低下症の3つの実例(冬山ドジ3部作) by S井B記】は、会誌「山歩」No.27、1981年?月?日発行、pp25-32より、無断転載。(ゴメンナサイ m(*- -*)m)

昭和55年(1980年) 12月27日(土)天気:

#天気図
【コース】26日 夜行 京都発~ 茅野~(バス)~八ヶ岳農場~立場川本谷伐採小屋(旭小屋)~立場山~青ナギ~2560m付近(テント泊)

昭和55年(1980年) 12月28日(日)天気:

#天気図

【コース】 南稜核心部~阿弥陀岳~阿弥陀のコル~赤岳~赤岳石室~行者小屋(テント泊)、

昭和55年(1980年) 12月29日(月)天気:

#天気図
【コース】阿弥陀岳北西稜~<途中撤退>~行者小屋~下山

※【冬山における急性思考低下症の3つの実例(冬山ドジ3部作)<第二章-雪->】

朝、雪はしんしんと降り続いていたが出発。トレールは完璧だ。一気に駆け降りる。左手に北西稜へのトレールが見付かるはずなのだけれど・・・? 期待は結局裏切られた。トレールなどどこにもない。腰までもぐる雪の中、ラッセルを開始する。樹林帯の中からすぐにルンゼへ入る。雪がだんだんしまってくる。楽勝?と思いきや、デブリの山を発見。雪崩の危険に追い込まれるようにして再び樹林帯に入る。

雪は増々深くなる。首までもぐるようになるとラッセルというより木登りで進んで行かなくてはならない。雪をかき落とし、かき落とし、ブッシュをつかんで強引によじのぼる。セカンドは滝のように落ちる雪をあびながら待っていなくてはならない。それでも、一歩一歩高度をかせいで行く。前方に北西稜の稜線が姿をあらわす。あそこまで登れば少なくともこんなラッセルから解放されるのだ。

Topを交替。パーティーの最後尾につく。踏みかためられたステップがうれしい。とその時、N西さんの声が耳に入る。
「Tヤン、アイゼンはずれかけとるで!」
T村さんが立ち止まる。僕もハッとして自分の足もとに目をやる。一瞬、息をのむ。僕の登山靴にはアイゼンがついていない!

☆   ☆
1時間近くも探しただろうか。結局あきらめた僕らは、稜線上へと足を運ぶ。ガスの間に北西稜上部のナイフエッジが見え隠れする。結局全員で撤退することになった。僕には口にする言葉もない。そして、うんざりするような下降・・・・・。

行者小屋のベースへ帰着。一息入れて下山にかかる。「ちくしょう」思わず口をついて出る言葉も自分に向けるしかない。謙虚に反省するなどというのは後でいい。唯々自分に腹が立つ。こんな時には・・・・走るんだ!半ばヤケになりつつ美濃戸までの道をかけ降りる僕に八ヶ岳の雪はやけにきれいだった。

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