昭和47年(1972年) 5月3日(水) 天気:晴れ #天気図
【メンバー】正春、美津子、信博、私
【感想】昨夜急に行くことに決定。天気も安定していて、昼ごろまでは確実にいいので、安心して出発。スカイラインを登る。まったく気がひける。登山服が泣きだした。天気は全くいい。途中から石鎚山の姿が見えだした。すばらしい。車をとめて写真を撮ること多し。行くにつれて姿も変わる。槍のようにとんがったときもあれば、ちょっと平らになったときもある。新緑と青空と赤茶気た岩とのコントラストがすばらしい。これからあの先へ登るのだ。スカイラインの回りは全くひどいもんだ。遠くばかり見ていた。土小屋に着くと、マイカー族や観光客がうじゃうじゃしていた。このすばらしい場所がこんなに俗化したのは一部の欲深いダニどもだ。彼らは自然の美しさを売りものにし、破壊する。その恐ろしさを彼らは知らない。無知なバカどもである。そのバカのせいでかわいそうな人たちがやってくる。もうこうなってはしゃあない。かれらのものになったのだから彼らも大事にして欲しい。人ごみをくぐって出発した。親といっしょに行くのはどうもいやなので、信博とどんどん行った。背広やスーツのバカどもは無視し、本当の登山の服装、装備、精神を持っているように思われる俺たちは景色を見て、単純に喜びながら登って行った。鶴ノ子ノ頭をトラバースして低い岡を越えるとドカッと石鎚が現れた。信博が喜ぶ。少し行くと雪渓もあらわれた。天柱石も右手下にニョッキリ見える。三月に涙を飲んだ北壁直下を通り二ノ鎖小屋へ到着。懐かしい。感じがぜんぜん違っている。ちょっときたない。北壁下、いや頂上下にはアキカンや食べ物くずやらがちらばっていて数羽のカラスが飛んでいた。二ノ鎖を登る。ちょっとしたロッククライミング気分になった。簡単に登れた。三ノ鎖は見た目は短いようだが、登ってみると長い。下を見るとほとんど垂直に見え目がくらむ。背後の瓶ヶ森が印象的だ。お宮の所へ出たが人がいっぱいだったので、頂上小屋の前へ降りて、また登る。三月に苦戦した面河の谷が見える。愛大小屋もポツンと見える。夏に行くであろう二ノ森、堂ヶ森も連なっている。正面にはとんがった天狗岩(西日本一の高峰)がつきでている。さっそく天狗岩へ向かう。南側は比較的緩らかで木がはえているが、北側は絶壁である。頂上で記念写真を撮って弁当を食っていると筒井に会った。楽しそうであった。小屋の方を見ると親父が手を振っている。弁当は俺が持っているから腹が減っているだろう。急いでもどった。このころから雲が多くなってきた。南側はガスで埋まった。小屋の近くで弁当を食いなおして、帰り始めたころには、南側からガスがブンブン小屋の横を北へ飛んでいた。北側はまだ大丈夫であった。今度は巻き道を二ノ鎖小屋へ下った。途中の雪渓で行きかけに冷やしておいたファンタを回収して雲の中を土小屋へ。この中を背広のおんちゃんたちやスカートの娘さんたちが登っていった。手ぶらである。風もあるし雨が降り出すのは時間の問題と思われるのにどういう気であろうか。無事に土小屋へ着いた。今回の山行は非常に楽であった。ハイキングであった。景色はよかったし、頂上へも立ったが何か物足りない。
オワリ

19720503(1)_石鎚スカイラインより石鎚山(手前は面河山)
【コースタイム】
7:30 家 発(車)
10:40 – 10:50 土小屋
12:15 天狗岩
13:00 頂上 発
(休けい多し)
15:00 土小屋
(途中、イタズリ取り)
19:00 家 着







































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